(『男と女の‥‥』続き) 人間の心(思考)を支配するもの

人間は、中身の無い人間程(あくまで自己認識)、自分に自信が無く、(劣等)コンプレックスが強い。

そのコンプレックスを誤魔化す為、目を背ける為に、人間は「自分未満」の人間を本能的に探し、精神を安定させようとする。

中身が無い(と自己認識している)人間程「肩書き」を重用しようとするのは その為。

彼にとっては「自分は(仕事をしている)男」という肩書き。

最近で言えば、「自分は日本人」という肩書きを使って、日本人以外のアジア人を見下す日本人達。

会社のブランド。地位。家柄(昔で言えば王族・貴族等)。年収。学歴。身長。容姿。都会か田舎か。先輩後輩(年配若輩)。

変わった所で言えば、夫の役職・年収。

同じマンション内での、上層階か下層階か・・・


全てを取り上げると枚挙にいとまがない。

勿論これらは、『その人間の中での格付け』に過ぎず、実際の上下が存在している訳では無い。



分かり易い例で言うと、子供が使う

「お前 どこ中(何処の中学校)だよ」

などは、その典型。

自分の実力に自信の無い子供が、本能的に肩書きを持ち出し(依存し)、勝負に勝とうとする。


彼にとっては、自分は男であり、かつ家族を養ってやっている。という傲慢さに満ち満ちているので、彼は当たり前(彼の中では)に家事をやらない訳だ。


彼にとって、自分は生まれた時から「男」であり、女は生まれた時から「女」で、自信の無い彼でも「優越感に浸れる数少ないカード」だ。だから彼はそれに依存してしまっている。

自身の劣等感を自分でコントロール出来る人間であれば、他人を見下す必要は無いが、ほとんどの人間はコンプレックスを認識する事すら出来無い。(本能的に目を背けているので)

コンプレックスとは

「簡単に(場合によっては絶対に)解決出来無い問題」

であるが故に、人間にとって とても重い負担になってしまう。

「それ」から精神を守ろうと、防衛本能が働き、本能的に人間は「それ」を意識しないように し始める。

しかし、目を背け、無かった事にしても、「それ」が自分の中から無くなった訳では無い。



彼をそこまで女性蔑視に駆り立てるコンプレックスが何なのかは分からないが、おそらく高い確率で 仕事関係の何か だろう。(最初に書いた 社会的及び本能的洗脳 は、その土台)

(或いは単なる女性コンプレックス。または、それらの複合)

彼は、精神的にとても未成熟で自己中心的な人間だ。

彼の仕事の実力より、彼の野心の方が大きい。

だから、彼は仕事において(よほどの幸運でもない限り)満たされる事は無い。


彼は「妻にやらせる」事で、自身のコンプレックスを誤魔化している訳だが、その自覚は全く無い。


彼の自尊心の大半は、

「自分が男である事 自分が仕事をしている事」

で構成されていて、だからこそ、仕事をしていない妻(彼の中では)を圧倒的に見下し、全ての家事を押し付ける事が出来る。


家事をするかしないかは、妻側が自分の意志で決める事であり、夫側から強制される事では無い。


勿論 人間関係とは、自己の利益の為にお互いに利用し合っているだけに過ぎず、気に入らなければ、関係を解消すればいい。(解消する事に相応のデメリットもあるが)

自己の利益の為に相手を利用している罪悪感を誤魔化す為に、人間はそれを愛情や友情、信頼 等と呼んでいる。


今回の事で言えば、夫側は快適な日常を送っていたが、妻側は日常が耐え難い程の苦痛だったという事になる。

だから、妻側は関係を解消した訳だ。



夫婦関係は、あくまで『対等』でなければならない。

これは勿論、夫婦関係だけでは無く、全ての人間関係に言える事だ。

そこに「社会的上下関係」「本能的上下関係」等があっても、関係無い。


上司部下 年齢 親子関係 その他‥‥


相手を対等に見られない人間関係は、長続きしない。

その関係を繋ぎ止めている「条件」が無くなると、その関係性も解消されてしまう。

金の切れ目が縁の切れ目 等はその典型。



例え、自分より圧倒的な権力差が有ったとしても、その人間を客観的に

「権力を持った人間」としてでは無く、

「一人の人間」として判断しなければならない。



その逆に自分から見て、(本能的 社会的に)取るに足らない様に見える人間でも、誠実に真剣に対応しなければならない。(対応してあげている は×)